【日本移住1年目】無職からのスタート~年収300万円の仕事を得るまでの道のり

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ちんつー
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こんにちは!ちんつーです。

我が家は今でこそ普通の暮らしができていますが、2016年出産後に突然無職で日本へ家族移住。
中国人の夫は中国では弁護士でしたが、日本では普通の外国人。しかも日本語がヘタ。

今回は、そんな我が家の移住1年目について赤裸々にお話します!これから日本へ移住する方、日本で就職活動をしようと考えている外国人の方の参考になればと思います。

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弁護士を捨てて無職・日本へ

妊娠して、子育て環境を考え始めた時、我が家は日本への移住を選びました。中国で弁護士をしていた夫ですが、若手弁護士は小間使いのようなところがあり、それほど収入は多くありませんでした。それでも、手取りで月平均2万元(当時日本円で40万円)くらいはありました。 当時は英語もできるし、日本でも良い職が見つかるだろうと軽く考えていた私。中国にいる間に書類選考に応募し、日本語での面接に備えました。日本語に慣れていない夫に向かってダメ出ししまくった結果、ケンカに発展することもしばしば。そして、大手メーカーの面接が1社決まったタイミングで日本へ移住しました。中国人弁護士を探してる会社なんだから、きっと受かるよね。なんてかなりポジティブな二人でした。しかし面接通過ならず。ほかに駒を持っていなかったので1から就職活動を始めました。

そもそも、選べる立場ではなかったのです。日本の会社が見ているのは、日本での経験。日本で仕事をしたことがない、暮らしたことのない外国人を採用するのはリスクです。

それからというもの、実家にお世話になりながら、乳飲み子を育てる傍ら、私が書類を書いて応募する、という日々が始まりました。

実家に寄生、貯金を切り崩しながらの就職活動

移住してからは、福岡の実家に家族3人寄生していました。実家があるというのは本当にありがたいことでした。日本での生活が初めての夫は土地勘が無く、最初は移動も一人では心配でした。娘は1歳にもなっていなかったので、赤ちゃんを抱えて東京や大阪へ付き添いするのは困難だったため、福岡での就職活動に絞りました。3か月就職活動をして、正社員がダメだったらアルバイトをして食いつなごうと考えていました。全く収入が無いのはとても不安なことです。

貯金といっても貯める習慣が全くなかった2人。結婚資金として援助してもらったお金を切り崩していく日々でした。

そんななか、転職エージェントから面談で言われたのが、

まずは肉体労働系のお仕事などのアルバイトをしながら日本語を勉強したらいかがですか?

仮にも弁護士をしていた夫が力仕事なんて…

かなり落ち込んで面談から戻ってきた夫でしたが、

「僕は家族のためにアルバイト3つだってかけ持ちするつもり」

なんて発言していました。今聞いたら笑っちゃうのですが。

決まった仕事は年収300万円

それでもあきらめずに就職活動を続けた結果、2か月後にやっと就職が決まりました!

それも希望していた法務のお仕事。勤務先は福岡で実家からも通える場所でした。

年収300万円と、当初想定よりはるかに低い収入でしたが、それでも正社員で雇ってもらえるというだけでありがたかったです。

念願の就職を中国の家族に電話で報告。特に義父はとても喜んでいました。ところが、そんな義父がまさかの急逝。急いで中国へ戻り、勤務開始日のギリギリまで中国で過ごしました。それまで義父、義母、祖母の3人住まいだったのですが、祖母は父方なのでこれから誰が引き取るのか、父の遺骨をどうするのかなど、突然の決断に迫られました。また、消沈している義母に対し、将来は日本で一緒に暮らそうと元気づける夫。そんな悲しい日々も、10か月だった娘がみんなを元気づけてくれました。

幸い娘のパスポートは取ってあったので、すぐに中国に駆け付けられました。

ちんつー
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いつ何があるかわからないので、赤ちゃんでもパスポートは取っておいたほうが良いですね。と言いつつ、現在私のパスポート、期限切れです。

年収300万円生活のリアル

3か月の試用期間を経て、晴れて正社員になりました。これでやっと家が借りられるようになりました。会社が上場企業だったこともあり、すぐに契約できました。

1年目の家計簿はこちら。

移住1年目の家計簿

外食は高いので、夫は毎日お弁当を持参。

ちんつー
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冷凍食品も高価だと感じていたので、ほとんど前の日の残りだったかも。

食費4万円には外食も含め、果物は高級品だから基本買わなかったり、小魚を大量に買ってきてさばいたりという節約もしていました。今だったら絶対しない節約術です。

それでも、自分で借りた家での新婚生活でしたし、料理もまともにやったことが無かったので、子育てをしながら楽しんで生活していたように思います。貧乏な生活しか知らなかったのでそこまで苦ではなかったのでしょう。 妊娠中は日本に帰国していたので、夫と一緒に暮らすのは約1年ぶりでした。

副業を始める

子育ての傍らほとんど在宅でできる、民泊を始めました。

中国にいる間に通訳案内士の資格を取っていたのですが、赤ちゃん連れでガイドの仕事はできません。それで、ちょうど流行っていた民泊をやろうと思いました。中国人のお客さんはとても多かったので、語学力も役に立ちましたし、自分でタスク管理できるので、子育て中でもできました。

赤ちゃんの娘を連れて掃除に行くのは少し大変でしたが、実家の助けもあり何とか黒字キープできました。初年度は月1万円くらい、家計を助けられました。 ちなみに、正社員として働いていた夫の信用力があってこそ、民泊用のお部屋を借りることができました。夫の協力も不可欠で、出勤前にゴミ出しや昼休みを利用して鍵の受け渡しなどをお願いしました。家族で力を合わせた副業でした。

移住で苦労したこと

まずは職が決まらない焦り。いつまで実家の世話になるのだろうと、乳飲み子を抱えながら不安な毎日でした。実の母も、孫は可愛いけれど、日本語の通じない夫にイライラし始めており、実母と夫との仲を取り持つのにも精神を使いました。

また、夫は初めての日本生活なので、面接に行くにも地下鉄の乗り方からナビの使い方から、何から何まで教えてあげなくてはなりませんでした。中国では頼りになった夫も、日本では私におんぶにだっこ状態。
はじめての面接には、私の祖母に赤ちゃんを預け、私は会場近くまで付き添いました。祖母は80歳、私が帰ってきた時、祖母は泣きわめく赤ちゃんを風呂敷でおぶっていました。本当に申し訳ないことをしたなぁと思い、今でもその光景は忘れられません。

まとめ

日本語は必須スキル

移住する前に日本語レベルはある程度あった方が仕事は見つかりやすいです。パートナーの日本語をしっかり鍛えておきましょう。
我が家は福岡での就職活動に絞っていたこともあり、仕事が決まるまでに2か月かかってしまいました。東京や大阪などの大都市では、もう少し外国人需要があったかもしれません。また、外資系や別の技術系スキルがあれば、より採用の幅は広がったと思います。

これから移住するという方は、覚悟して臨んでくださいね。

配偶者ビザという優遇

どこの会社に面接をしても聞かれた質問が「ずっと日本で暮らす予定か?」でした。

外国人雇用の企業側の問題は、続けて働いてくれるか。短期間のうちに帰国してしまうのではないかということです。配偶者として来日している場合、在留カードのビザの種類が配偶者となっています。配偶者が日本人の場合、長期的に日本で暮らす可能性が高いと判断されるため、就職活動においてメリットと言えます。

日本での活動拠点があると気持ちが楽

頼れる実家があるか無いかで就職活動の方法が変わってきます。リモート面接なども増えていますが、リモートならばなおさら日本語レベルが求められてしまいます。実家などの日本での拠点があれば、少し期間に余裕をみて活動をすることができます。

福岡は物価が安いので、食費4万円でもやっていけました。現在2倍に膨れた食費をどう減らせばよいのか悩んでいます。

苦労も多かったとはいえ、日本において外国人需要は今後増えていくようです。
これから移住しようと考えている方、ぜひ頑張って乗り越えてください。

就職活動に利用したサイト

2児の母・ちんつーです。娘あんちゃん8歳、息子いっくん6歳、中国人パパの4人家族
日本で日本語・英語・中国語のトリリンガル育児を実行中です。
私自身は
新HSK6級
通訳案内士(中国語普通語)
に合格している日本語と中国語のバイリンガルです。(英語は中学生レベル…)医療通訳ボランティア歴3年。

バイリンガル・トリリンガル育児をしているママ・パパたちの一助となれるようブログ更新していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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